Redmineの「Issue」の日本語訳はいかにして「チケット」になったか
この記事は Redmine Advent Calendar 2018 の12月2日分です。
Redmineでは課題やタスクを記録するための「チケット」、実は英語の画面だと "Ticket" ではなく "Issue" と表示されます。 "Issue" を「チケット」とするのはずいぶん思い切った意訳のように感じますが、どういった経緯で「チケット」になったのでしょうか。
初期のRedmineでは「問題」
"Issue" の日本語訳は最初から「チケット」だったわけではありません。初期のバージョンでは「問題」と訳されていました。
Redmine 0.6の「問題」作成画面
(gihyo.jp 「Redmineを運用するためのイロハを身につけよう 第2回 新機能の詳細と使い方の紹介」より引用)
Redmineのユーザーインターフェイスが日本語化されたのは、Redmineが世に出た10ヶ月後、2007年4月リリースのRedmine 0.5.0からです。日本語のほかにはフランス語、英語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、中国語に対応していました。
日本語訳を提供したのは Satoru KURASHIKI さんで、 r278 でコミットされました。KURASHIKI さんが早い時期にRedmineに注目され日本語化をされたことは、日本でのRedmineの普及に大きく貢献したと思います。当時の ja.yml を見ると、 KURASHIKI さんの訳が今も多く残っていることがわかります。
「問題」の問題
私がもしRedmineの最初の日本語訳を作る立場だったら、Issue をどう訳すか迷いそうです。英和辞典を見ると「問題」とありますが、なかなかしっくりくる訳語が思いつきません。おそらく「問題」と訳した KURASHIKI さんもかなり悩まれたのではないかと思います。ご本人のブログの以下のページでは「問題」とした意図が記されています。
Redmine の "issue" をどう訳すか - scratch
ただ、日本語で「問題」というと、「問題点」という言葉があるように、どうしてもネガティブなイメージがつきまといます。実際、10年以上前、Redmineで管理しているタスクの一覧を同僚に見せたときに「こんなにたくさん問題があるのか!」と驚かれたことがあります。まずいことがたくさん起こっていると勘違いされたようです。
おそらく、私だけではなく当時の相当数のRedmine利用者が、「問題」という言葉を問題視していたのではないかと思います。
「問題」から「チケット」へ
2008年2月、「問題」を「チケット」に変えようという提案が行われました。
Patch #717: lang/ja: problem --> ticket
提案の理由として "I feel that 問題 (problem) is too limiting, given that Redmine can be setup to track anything." (Redmineは幅広い用途に利用できるのに、「問題」は意味が極めて限定されているように感じる)と書かれています。
「チケット」という言葉を選んだ理由は書かれていませんが、おそらく当時Redmineに先行して広く使われていた trac などのツールの用語を借用したのだと思われます。redmine.org の #717 の議論を見ると、「チケット」という言葉自体は議論の参加者全員が知っているように見えます。
この提案に対する最初のレスポンス(717#note-1)は「問題」と訳した方からでした。「問題」と訳した理由と、「チケット」という言葉のわかりやすさ・伝わりやすさについての疑問が書き込まれています。
- "Issue" は "Ticket" ではないし、「チケット」という言葉はアーリーアダプター層らの間で使われている言葉であり一般的ではない
- "Issue tracking" は課題管理または問題管理と訳されるので、"Issue" を問題と訳した
- 日本の企業のマネージャー層には「チケット」よりも「問題」のほうが受け入れやすいのではないか
- 「問題」はほかの言葉に置き換えられるべきだが、とはいえ「チケット」は適切だろうか
その後、以下のような議論がありました。
- アイデアや作業指示を記録するときに「問題」をクリックしようと考える人はいないだろう
- 「チケット」という言葉を知らない人は、単にRedmineの何かの機能を表す記号として認識するので問題ないのでは?
- 抽象的な「チケット」という言葉はさまざまなものを含み得る
- 「チケット」は理解しにくい概念ではない。説明すればわかる
- 大きな黄色いticket(伝票、札)に記入するというユーザーエクスペリエンスにも合致する
- 「チケット」が一般的な言葉でないないと言うのなら、ワークフローとかトラッカーなどの用語はどうなのか
議論の結果「チケット」に変更する流れが固まり、2008年3月5日にコミットされた r1186 でソースコードが変更されました。この変更が反映された最初のリリースは、2008年4月のRedmine 0.7.0です。
「チケット」への変更とRedmineの普及
Issueに対して「チケット」という抽象的な言葉があてられたことで、Redmineは幅広い用途で違和感なく使えるようになりました。もし「チケット」という抽象的な言葉に変更されなければ、もしくは「課題」などやや具体的・限定的な言葉に変更されていれば、日本で今ほどRedmineが広く使われていなかったかもしれません。
「問題」のままだと普及が難しかったことであろうことは、いつも見ている「チケット」タブがもし「問題」タブだったらということを想像してもらえば理解いただけるのではないでしょうか。
redmine.org のチケット #717 は、日本におけるRedmine普及の歴史の中で大きな意味を持つチケットだと思います。